これまでのような学校のテストなどでは測れない能力として、教育分野でも非認知能力が注目されています。この記事では、そもそも非認知能力とは何なのかについて解説し、非認知能力を伸ばす方法についても検証します。
非認知能力とは?
非認知能力(non-cognitive skills)は、もともと教育分野に生まれた概念ではなく、最初は社会学の分野で、労働市場での成功を予測する1つの因子として認識されるようになりました。その後ノーベル賞を受賞したアメリカの経済学者、ジェームズ・ヘックマンによる「幼児教育の経済学」などの著作により、教育界にも浸透し始めたのです。
「ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンがアメリカの社会格差を解決するための有望なカギとして幼児教育における非認知能力に言及して以来、日本でも非認知能力が、教育や社会の課題を解決する糸口の一つとして、また、子どもの将来の成功を予測しうるものとして注目されるようになった。」
(引用:西田ら「非認知能力に関する研究の動向と課題」東京大学大学院教育研究科紀要 vol58 2018 p31より)
非認知能力は明確な定義が難しい概念ですが、いくつか例を挙げると、創造力・論理的思考能力・自己認識能力・意欲などが当てはまり、さらに、これらの能力から派生するさまざまな能力も含めると、非常に広範囲で総合的な能力だといえます。
非認知能力の例
教育分野での非認知能力は、いわゆる「学力」として測定された認知能力とは異なり、これまでは能力測定の対象にはなっていませんでした。しかし学力だけでは測れない重要な能力として、現在教育界で注目されています。ここで、その例をいくつか紹介しましょう。
創造力に関わる非認知能力
既存の学力をベースにした学習方法では、社会に出てから自己の持つ能力を発揮する力が育たないともいわれており、今後は「論理的思考」や「創造力」を伸ばす教育が主流になるかもしれません。こうした力も非認知能力の1つです。
いわゆるクリエイターに求められる能力ですが、子どもにとっても創造力や直感をもとにして、テーマに沿って物ごとを工夫しながら成し遂げることは、極めて重要な非認知能力だといえるでしょう。
忍耐力に関わる非認知能力
自己認識をもとにして、自分の能力を信じることで生まれる「物事をやりぬく力」や「新しいことに挑戦する力」などは非認知能力の重要な要素です。他にも自分の能力を認識することで、粘り強く物ごとに対処する「持続力」や「忍耐力」が生まれます。
また、現在の子どもたちに不足しているといわれる要素の1つである「やる気」を向上させて、物ごとに熱中する力も非認知能力に分類されます。こうした力は計画性や実行性のように「メタ認識」と呼ばれる具体的な能力としても現れ、認知能力としての学力向上にも影響を与えます。
社会性に関わる非認知能力
社会や他者と上手にコミュニケーションをとる能力も、1人の人間が生きて行くうえで非常に重要な非認知能力です。例えば学校という1つの社会の中で、決められたルールに従った生活ができることも、代表的な非認知能力だといえるでしょう。
さらに、相手を尊重してコミュニケーションをとり、仲間と上手に付き合っていく能力や、リーダーシップを発揮する能力なども、社会性に関わる非認知能力の1例です。
感情コントロールに関わる非認知能力
社会の中で生活するためには、自分の感情をコントロールする必要があり、問題にぶつかったときには、自分の力で何とか解決しなければなりません。この時に必要になる「自制心」や「問題対応力」などは感情面での非認知能力です。
例えば何かに失敗した時には、いつまでも悩み続けることなく、自己の持つ「回復力」を使って、逆に失敗から何かを学びとる能力が求められます。ある意味では「楽天的感覚」も、重要な非認知能力の1つといえるかもしれません。
非認知能力を伸ばすためには、1歳~3歳の幼児教育が重要
非認知能力を伸ばすポイントは、1~3歳時の幼児教育にあるといわれます。この前提の根拠になる研究が、アメリカで1962年に「ペリー就学前教育プログラム」として実行されました。
この研究では貧困世帯の3~4歳の就学前児童に対して、学校での教育や家庭での教育にまで介入する、長期的な実験が行われました。具体的には全体を2つのグループに分け、その1方にのみ学習サポートを行なったのです。
さらに2つのグループそれぞれに対して、約40年間にわたり追跡調査を行いました。その結果2つのグループの間で、学力・進学率・留年率・大学進学率の他、雇用条件の格差・就職先の格差・生活保護受給率・逮捕者率などに明らかな差が認められました。
出典:「教育の経済効果と貧困対策」大阪大学社会経済研究所
この研究から、非認知能力の存在がクローズアップされるようになり、幼児期の教育環境が子どもたちの将来を、大きく左右することが分かったのです。その上で、非認知能力を高めるためには、幼児教育が非常に重要になることも広く認識されるようになりました。
非認知能力を伸ばす方法は?
非認知能力は、学校のテストのように規格化することが難しいため、指導する側が常に意識しながら、子どもの能力を伸ばす必要があります。そのために教育の現場では、主に次の点に注意するとよいでしょう。
- 子どもが安心して過ごせる環境を整える。
- 子どもが自主的に興味を持つ機会をつくり、邪魔することなく見つめる姿勢をとる。
- 子どもが何かをやり遂げたり、逆に失敗した時にはその感情を共有する。
こうした点を考慮しながら、非認知能力を伸ばす方法を考えてみましょう。
子どもの意思を尊重して自己肯定感を高める
子どもたちを教育する側は、素直に丸ごと子どもたちを受け入れることが重要です。その結果子どもが信頼感を抱いてくれるようになり、その安心感から自分自身を肯定して自信も高まります。
同時にやる気やモチベーションアップにもつながるので、チャレンジ精神や好奇心を高める効果も期待できるでしょう。
社会生活につながる活動を常に行う
一人遊び以外にも、友達といっしょに遊ぶ時間を増やすことも重要です。遊び方はどんなものでも構わないので、他者と積極的に関わることにより、人として暮らすうえでのルールが身につきます。また、コミュニケーション能力も高まるでしょう。
他にも大人がする作業の手伝いをしてもらい、よくできたらほめてあげることも大切です。これは自己肯定感を高めるためにも役立つはずです。
子どもがやりたいことを実行させる
やってはいけない悪いことを教えることも重要ですが、子どもがやりたいと思ったことは、なるべく受け入れて自由にやらせてあげます。先回りして、やることを提案してしまうと、子どもの好奇心ややる気は育ちません。
大人の目から見ると無意味に思えるようなことでも、子どもが自分から見つけて熱中することは、そのまま見守ってあげればよいのです。そして何かをやりとげたら、たくさんほめてあげることも忘れないようにしましょう。
非認知能力アップが広げる未来の可能性
現在教育の分野では、これまでの認知能力中心の教育方法を見直して、非認知能力を高める教育を導入する動きが進んでいます。しかし非認知能力については、まだ理解がそれほど広がっていないのが現状です。
今後は教育する側が積極的に非認知能力に対する知識を深め、普段の教育現場において、少しずつ実践してみることが重要になるでしょう。